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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)9857号 判決

原告 杉村敬一郎

被告 秋元孝次 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告に対し、被告秋元孝次は別紙〈省略〉目録記載の一、二の建物を、被告秋元新は同目録記載の三の建物をそれぞれ収去してその建坪と同坪数の敷地を、被告秋元運送株式会社は同目録記載の二の建物及び同一の建物の内表側土間の部分三坪七合から退去してその各敷地を明け渡し、且つ、昭和二十八年十一月二十一日から右各明渡の済むまで被告秋元孝次は一ケ月金千三百四十六円九十銭、被告秋元新は同金四百八円十銭、被告秋元運送株式会社は同金八百十六円二十銭の割合による金員をそれぞれ支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告らの主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、請求の原因、

(一)  原告は本件係争地を含む東京都千代田区神田豊島町一番の十二の宅地四十六坪九合八勺(以下本件土地と呼ぶ)の所有者であるが、原告に対抗できる何らの権原もなく、被告孝次はその一部に別紙目録記載の一、二の各建物を、被告新はその一部に同三の建物を所有し、被告会社は二の建物同及び同一の建物の内表側土間の部分三坪七合を占有し、それぞれ右各建物の建坪と同坪数若しくは右土間を不法に占有中である。しかして、被告孝次の占有に係る部分の宅地の相当賃料は一ケ月千三百四十六円九十銭、被告孝次のそれは同四百八円十銭、被告会社のそれは同八百十六円二十銭であつて、原告は被告らの右各不法占有によりこれと同額の損害を蒙つているから、被告らに対しその各不法占有地の明渡と併せて右各損害金の支払を求める。(被告会社の占有部分は被告孝次も占有しており、その関係は共同不法行為となるものであるから、この部分に関する損害金については被告会社と被告孝次は連帯してその支払の責に任ずべきものである。)

(二)  なお、本件については次のような経緯がある。

(イ)  本件土地はもとは五十坪九合三勺であつて訴外杉村甚兵衛の所有であつた。そして、同人は大正十三年六月一日訴外中川重政に対しその内四十五坪を普通建物所有の目的で賃料一ケ月十七円四十六銭、期間大正十二年九月一日から二十年の約定で賃貸し、次で大正十四年十二月一日残地五坪九合三勺を賃料を一ケ月二円五十銭とする外前同一の条件で貸し増したが、その地積はその後区画整理によつて四十六坪九合八勺に縮少した。

(ロ)  右土地の所有権はその後昭和十二年十二月二十五日訴外杉村友三郎に、昭和十五年四月十六日原告に順次移転すると共にその都度両名においてこれが賃貸人の地位を承継し、また、賃貸借は期間の満了(昭和十八年九月一日)と同時に更新され、一方、中川重政は昭和二十一年五月十二日死亡し、訴外中川七蔵においてその家督相続によりこれが賃借人の地位を承継した。

(ハ)  しかるに、中川七蔵は昭和二十八年二月頃本件土地の借地権を被告孝次及び新の両名に無断譲渡したので、原告は昭和二十八年九月二十六日附翌二十七日到達の書面による意思表示で本件賃貸借を解除した。よつて被告らには係争地を占有する権原はないのであつて、被告らのその占有は何れも不法占有たるを免れないのである。

二、被告らの主張に対する答弁、

(一)  原告の本訴請求は権利の濫用ではない。原告が権利金についての合意が成立しないことを理由に本件賃貸借解除の意思表示をしたとの被告らの主張は独断に過ぎない。仮に独断でないとしても、賃借権の譲渡を承諾するか否かは賃貸人の自由であるから、賃貸人がその譲渡を理由に賃貸借を解除し、所有権に基いて賃貸物件の明渡を求めるのは権利の濫用ではない。

(二)  被告新が大正十三年頃その先代秋元鋭朝から被告ら主張の建物の借家権を譲り受け中川重政の承諾を得たとの被告らの主張及び訴外原田清朝が昭和二十二年七月頃本件土地の一部の借地権を中川重政から譲り受けたとの被告らの主張は何れも時機に後れて提出されたものであるから却下さるべきものである。

(三)  被告孝次及び新が罹災都市借地借家臨時処理法(以下臨時処理法と略称する)第三条によつて本件土地について借地権を取得したことは否認する。

(イ)  右被告両名は、その先代鋭朝が被告ら主張のように昭和二十七年三月九日死亡したものである以上、その時までは如何なる意昧においても被告ら主張の建物の借家人とはいえないから右土地に対する借地権譲渡の申出をする権利を有するものではない。従つて、仮にその申出をしたとしてもそれは無効であり、臨時処理法第三条により借地権を取得し得べき限りではない。

(ロ)  なお、秋元鋭朝は中川重政の建物管理人として被告ら主張の建物の一室を占有していたに過ぎない。仮に同人がその借家人であつたとしても、同人は一度も中川重政に対し借地権譲渡の申出をしたことはないから、鋭朝が被告ら主張の建物の借家人であつたことは毫も被告らの主張を利するものではない。

(ハ)  仮に何らかの理由により被告孝次及び新に借地譲渡の申出権があり、右被告らがその権利を行使したとしても、その目的土地の範囲は被告ら主張の建物の敷地に限定さるべきものであるから、被告らの係争地全部の占有を正権原に基くものとすることはできない。

被告らは主文と同趣旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実は被告らの係争地の占有が不法であるとの点及び中川七蔵が本件土地の借地権を被告孝次及び新の両名に無断譲渡したとの点を除いてすべて認める。但し、中川七蔵がその先代中川重政の死亡による相続により賃借人の地位を承継した日は昭和二十四年五月十二日である。

二、被告孝次は(一)昭和二十二年三月頃本件土地の内十五坪、(二)昭和二十六年三月二十六日同二十坪、被告新は昭和二十一年十二月頃同九坪に対する借地権をそれぞれ中川重政から譲り受け、原告はその各譲渡を承諾した。すなわち右被告両名は右各譲受後中川七蔵を通じて原告に対しその承諾を求め、原告の要求により坪当り千円の名義書換料を支払うことゝしてその承諾を得たのである。もつとも、右被告両名は今日なお右名義書換料の支払をしていないが、それは原告がその後坪当り一万円の名義書換料を要求するに至つたことによるものであるから、その未払は原告の右承諾の効力には何らの消長もないのであり、従つて、原告の本件賃貸借の解除は無効である。

三、仮に原告が右借地権の譲渡を承諾しなかつたとしても、原告の本訴請求は権利の濫用である。

被告孝次及び新が右借地権の譲渡を受けたのは後記のように右被告らが予てから本件土地の上にあつた今次大戦における罹災建物の居住者であつたことによるものであり、しかも、原告が本件賃貸借解除の意思表示をした当時は既に右被告らはその地上に建物を建築してこれに居住していたのである。さて、右借地権の譲渡について被告孝次及び新の両名が原告に対し坪当り一万円の名義書換料すなわち権利金を支払えば原告においてその譲渡を承諾する意思のあつたことは前段の説明によつて明白であるが、さすれば、原告の本件賃貸借の解除は右被告らの虚を突き以て法律の許さない巨額の権利金を利得せんことを目的としているものと認める外はないから、その解除を前提とする原告の本訴請求は権利の濫用として許されないものというべきである。

四、仮に以上の主張が理由がないとすれば次のとおり主張する。

(イ)  被告孝次及び新の父秋元鋭朝(昭和二十七年三月九日死亡)は予てから本件土地の上にあつた本造瓦葺三階三戸建一棟建坪二十七坪の中央の一戸(建坪九坪)を、また、右被告らの兄弟である原田清朝はその上にあつた建坪七坪五合の建物をそれぞれ中川重政から賃借していたが、右鋭朝の借家権は大正十三年中被告新が重政の承諾の下にこれを譲り受けた。(但し、この建物には従前から鋭朝、新、孝次らが同居しており借家権譲渡後もこの同居関係には変更はなかつた。)ところで、右建物は何れも昭和二十年五月二十五日戦災によつて焼失したので、被告新は昭和二十一年十二月頃、原田清朝は昭和二十二年七月頃それぞれ重政に対し臨時処理法第三条による借地権譲渡の申出をし、被告新は本件土地の内九坪、清朝は同七坪五合に対する借地権の譲渡を受け、被告新及び清朝は何れもその上に間口二間奥行三間の建物を建築し、更に被告孝次は昭和二十二年三月頃重政から本件土地の内十五坪に対する借地権の譲渡を受け、その上に建坪六坪の建物二棟を建築した。

(ロ)  被告孝次は次で昭和二十六年三月二十六日中川七蔵から本件土地の内二十坪(清朝が建てた建物の敷地を含む。同人は昭和二十二年十二月六日死亡し、被告孝次はその相続人から建物及びその敷地の借地権を買い取つた)に対する借地権の譲渡を受け、その地上に木造トタン葺平家車庫一棟建坪十五坪を建築した。なお、被告孝次はこれよりも先その建築に係る前記建坪六坪の内の一棟と被告新の建築に係る間口二間奥行三間の建物とを交換し、これを間口二間一尺五寸奥行四間の建物に改築した。(かくて本件土地における建物の配置は別紙図面のとおりとなつた。)

(ハ)  以上の次第であるから、被告新はその所有建物の敷地について正権原を有し、また、被告孝次は少くとも前記車庫の敷地の一部となつている間口二間奥行三間の土地(原田清朝が借地権をもつていた部分)については正権原を有するものである。

五、被告会社は被告孝次が主宰する会社であつて、孝次と同視さるべきものであるから、孝次の係争地の占有が適法である限り被告会社の係争地の占有も適法たるべきである。

証拠〈省略〉

理由

原告主張の請求原因事実は被告等の係争地の占有が不法であるとの点及び中川七蔵が本件土地の借地権を被告孝次及び新の両名に無断譲渡したとの点を除いてすべて(但し、中川七蔵がその先代中川重政の死亡による相続により賃借人の地位を承継した日を除く)当事者間に争がなく、また、中川七蔵がその先代中川重政の死亡による相続により賃借人の地位を承継した日が昭和二十一年五月十二日であることはその証人尋問における右七蔵の供述によつて明瞭である。

よつて次に原告の本件賃貸借解除の当否について検討する。

被告らはその主張の借地権の譲渡については何れも原告の承諾があつたと主張するけれどもこれを認めるに足る証拠がないから、その承諾のあつたことを前提として原告の本件賃貸借の解除を無効とする被告らの主張は採用することができない。

しかしながら、証人中川七蔵の証言被告孝次(第一、二回)及び新各尋問の結果と右七蔵の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第一号証とを綜合すると次の事実が認められる。すなわち、本件土地には昭和二十年二月二十五日まで右七蔵所有の木造瓦葺三階三戸建一棟建坪二十七坪と二戸建一棟建坪十五坪の建物が別紙第一図面表示のような配置で存在しており、右三戸建の建物の中央の一戸建坪九坪には被告新及び孝次の父の秋元鋭朝(昭和二十七年三月九日死亡)が、また、同二戸建の建物の通路から向つて右側の一戸建坪七坪五合には右被告両名の兄弟の原田清朝が何れも賃借権に基いて居住していた(右被告両名は鋭朝と同居していたが、被告孝次は昭和十五年一月から出征して不在となつていた)が、右建物は何れも昭和二十年二月二十五日戦災によつて焼失した。ところで、鋭朝は当時既に老年で戦災を機に千葉県下に疎開したので被告新は同年四月頃従前の借家の跡に六坪位の仮小屋を建てたが、次で鋭朝もその跡を中心に六坪位の仮小屋を建てて居住するに至つた。一方、被告孝次は昭和二十一年三月内地に帰還し一時清朝の家に身を寄せていたが、その家が狭いので、翌二十二年三月七蔵から本件土地の内十五坪に対する借地権を坪当り三百円の権利金を支払つて譲り受けその上に建坪六坪位の建物二棟を建ててこれに引き移り、更に昭和二十六年三月二十六日七蔵から本件土地の内二十坪(この内には前記清朝の仮小屋の敷地が含まれている。被告孝次は清朝が昭和二十三年十二月中死亡し、その相続人らが他に引き越すことになつたので右小屋を買い取つたのである)に対する借地権を権利十五万円を支払つて譲り受け、その地上に木造トタン葺平家建車庫一棟建坪十五坪を建築し、これを事業所として運送業を始めた。しかして、本件地上における建物の配置及びその所有関係はその後の増改築等により別紙第二図面表示のとおりとなつた。ことが認められる。前示証言及び尋問の結果中にはこの認定にそわない部分があるが、その部分はたやすく信用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

さて、権利の行使が信義に従い誠実になされなければならないことは民法第一条第二項の明定するところであるが、証人中川七蔵の証言によると、原告の同族の所有地を管理している杉村地所部は右七蔵を通じて被告孝次から昭和二十七年六、七月頃前段認定の借地権譲渡の承諾を求められたのに対し当初は坪当り千円位の名義書換料(いわゆる権利金の一種と解される)の支払によつてその承諾をするような口吻を洩らして置きながらその後の交渉で漸次その額を吊り上げ遂に坪当り一万円の名義書換料を要求してその交渉を不調に終らせたこと及び被告新並びに原田清朝の前段認定の土地使用についてはその初めからこれを默認していたことが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。しかして、以上認定の事実と原告の本件賃貸借解除の意思表示が右認定の借地権譲渡の承諾を求められてから一年以上も経過した昭和二十八年九月になつて行われたものであることとを合せ考えると、原告の右意思表示は本件土地の自己使用の必要、その他の相当の理由によるものではなくて法律の認めない権利金目当で行われたものと認める外はないが、本件のような事案でかような利益追究のためにする賃貸借の解除が権利の信義に従つた行使といゝ難いことは疑問の余地がないから、原告が本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたのは解除権の濫用であつて無効といわなければならない。

しかして、借地権の無断譲渡を理由として賃貸借を解除する旨の意思表示をした場合に、その意思表示が権利の濫用として無効とされたときは爾後の法律関係を調整するため借地権の譲渡はその反射的効果としてこれを賃貸人に対抗し得るものと解すべきであるから、被告孝次は先に認定した借地権の譲受を原告に対抗し得るものといわなければならない。

被告新の係争地の占有が被告ら主張のように臨時処理法第三条による借地権譲渡の申出によつて同被告に移転した借地権に基くものか否かは被告らの立証によつては末だこれを決定し難い(それは、被告新が鋭朝から被告主張の借家権を適法に譲り受けたこと及びその借家の敷地と被告新が現在建物を建てゝ占有している土地との場所的関係の立証が充分でないからである。)が、被告孝次(第一、二回)及び新各尋問の結果を綜合すると、被告新もまた中川七蔵から係争地の借地権の譲渡を受けその占有を初めたものと推認されるから、同被告もその借地権の譲受を原告に対抗し得るものというべきである。

してみると、被告らの係争地の占有が不法であることを前提とする原告の本訴請求は他の判断をするまでもなくその理由のないことが明瞭である(被告会社の係争地の占有は、弁論の全趣旨と以上認定の事実とを綜合して、被告孝次が借地権に基いてその地上に所有している建物を孝次から許されて占有している当然の結果であることが明瞭であるから、その占有が不法占有となるものでないことは論を待たないところであろう。)から右請求を失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈)

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